未踏の地にロマンを見るのは時代錯誤ですよね。何故山に登るのかと問われて、杓子定規に、そこに山があるからなんて答えているようじゃあ、むしろ恥ずかしいと思うのです。現在は未踏の山など見つけるのが難しく、ほとんどの場所は開発されているからです。

中には歩きながら周りをきょろきょろしているかと思ったら、やおら立ち止まってポケットをごそごそして、スマートフォンを取り出して風景を写真に収めているのにご執心の方々も多く見かけます。

海外からの観光客ならいざしらず、ベストショットはプロの手になる絵はがきなどを買えば済むこと。その方が山の保全に役立つというもの。むしろ風景を脳内に刻むように意識を用いたい。

低山ハイキングは、特に何の目的も持たず、普段感覚で登れれば獲得目標達成でしょう。ちょっと町をぶらぶらする代わりに、行き慣れた低山にハイキングとしゃれ込むほどの感覚で行けるようになれば、足腰が確実に若返っています。

そのためにもこれは、慣れた道、飽きてしまったという感覚に負けてはいけません。慣れてしまうというのは習慣化とは別の事態です。この場合はどこかに飽きてしまったという感覚を潜在させているので、事故の元になりかねません。

ですから定点観測をするつもりで同じ山で登山トレーニングするのがお薦めです。定点観測というのは、毎回の観測でまったく同じ結果になることを前提にしますので、違いが生じると大きな収穫になるのです。

このようにして違いを認識できるようになれば、新たな発見が楽しみになるはず。小さな違いから大きな違いまで、違いにはさまざまなものがありますが、小さな違いを見つけるとうれしいですし、大きな違いには驚かされます。

また前回よりも楽に登れたなどの感覚的な違いを大切にするのも大切です。望ましい変化を感覚できれば、日頃のやる気まで支えてくれるはずです。そのために私ならジャーナルを持ち歩き、気づいた時にそのときの経験を書き留めるようにしています。

希少性はわかりきっているから見つけられます。希少性が高いモノを集めた博物館がなんとなく、マンネリしているのは、この真理が裏返しになっているからです。つまり、希少性が高いモノを集めれば、希少性が感じられなくなってしまうということですね。

山々には季節毎に彩りが違う草花を楽しむ機会が満ちています。雨の中に咲くあじさいすら、待ち中とは色彩が微妙に異なっているのに気づく人は感覚がそれだけ鋭敏に養われているのではないでしょうか。

そのような小さな目的を加えるなりの工夫は、旅程になにか一つの未知の要素を付け加えても得られます。今回は違うルートを辿るなど、周辺に構える宿を取ってゆっくりと風呂に入るとか、少しずつ旅程を変化させるなら、毎回同じ山行きというのではなくなりますよね。

気持ちのリフレッシュで仕事に張りを回復するのが、隠された目標です。このように納得しておくと、たとえストレスが一杯になった山行きになったとしても、無事に帰宅できたという達成感があるはずです。

一人で山行きをするなら初心者というステータスを楽しむのが上策だと思います。すぐに上達した登山家であると思いたくなりますが、そのようなステータスは何の徳にもなりません。自己満足が大切です。初心者なら自己満足しても当然なのです。

たまには連れだって登るなら、リーダになることもあるでしょう。そんなときにも自分が未熟な初心者であると認識していれば、グループでの事故を未然に防ぐ効果があります。

私たちのハイキング登山の目標は、トレーニングによるアンチエイジングですから、それぞれに工夫して登山を楽しいものにしましょう。