どの山行きでも楽しめる自分だけの楽しみを持ちたいと、お薦めする先達はあまり見かけないように思うのですが、人間は考えているほど純粋な存在ではありません。認識の構造を調べる限り、単一の刺激のみでは必ず機能低下を起こします。つまり飽きてしまいます。

中にはバードウォッチングを楽しむ人たちもいますし、これを専門に扱う趣味組織もあります。我が家にも年に何回かカタログが送られてきて、バードウォッチングの楽しさに誘惑され続けています。

随分長い期間検討した結果、バードウォッチングは魅力的に過ぎました。欲しい機材や知識の習得に掛かる費用などを考えるととてもすぐに手を出せる趣味ではないと思えたのです。

さりとてバーベキューをするのは大事業になります。自動車を移動に使って、家族連れで友人たちと川辺などに繰り出す。きっと楽しい時間が待っていると想像が巡ります。既に仕掛けが大きくなりすぎました。

むしろ団体行動ではなく単独で気ままに楽しみたいですし、この楽しみは大きすぎて主役級でしょう。山行きなんていうお題がどこかに行ってしまいます。こうしてみると楽しみにも大きさがあるようで、見誤ると本末転倒という事態を招きます。

ただお一人様バーベキューという選択はあるかも知れません。それでもバーベキューの材料と機材を一人分を携帯するのを考えると骨が折れそうです。準備と期待できる結果とのバランスがよろしくないようです。

だって野外活動では荷物を減らしたい。紙一枚でも持たずに済むかを考えろと教えられ、学んできた過去の影響が大きい。さりとて楽しみを優先させてしまうと、今度は主客が逆転してしまいます。そうなっては元の木阿弥になりかねません。

ただし純粋に山行きを楽しむほどの修行者ではないのは確かですから、何か小さな、ささやかな楽しみが必要です。荷物もそれほど大きなものにならず、できれば日常で慣れたものが場所を変えることで変化するといった楽しみが適当です

どうにかして一杯だけコーヒを淹れられればどうだろうと、思いついたのが最初です。コーヒを淹れるにもいろんな方法があって、やり方によっては、簡単に済ませるのも可能でしょう。家でも普段からコーヒを淹れるのはしているというのも条件にはまります。

休憩できる場所に陣取りますが、どんな場所を選ぶかが結構な問題になります。希望を言えば、大きな木の下にできる木陰がカフェ風で良いかも知れませんが、樹木の根の上だと自然に対する暴力行為になりかねません。

最小限の道具をセッティングする必要性があるので、仕方なく展望台などに設置されているテーブルやベンチを利用することが多いのですが、場所によっては直射日光を避けられたりして、具合良く時間を過ごせます。

カートリッジタイプのバーナでシェラカップに湯を沸かして楽しみます。シェラカップに水とコーヒ豆の粉とを直接投入してバーナにかけます。沸騰させて、沈殿するのを待って楽しめば、ベトナム式コーヒと同じ原理です。

本格的ではなくても、野趣が補ってくれる癒やしの時間です。こんな方法でコーヒが美味しいはずがない。でも純粋にコーヒを楽しむのであれば、専門の喫茶店へでも行けばよろしい。ここはアウトドアであり、広大な実験場です。

少しでも時間を使えるなら、そこでコーヒを楽しみながら、そこまでの行程をジャーナルに書き付けるのが趣味というものです。行程を勧めた体験の記憶や感触はすぐに失われてしまいます。コーヒ片手に記憶を辿る追体験をする訳です。

コーヒを楽しむ方法は多様性に富むのが醍醐味だと考えます。温かい飲み物が心の中に染みこんでくる野外喫茶を試すというお話でした。